西海通信 立教174年8月号 |
☆ 「東日本大震災」により被災されました方々、
☆ またそのご家族の方々に深くお見舞いを申し上げます。
☆ 被災地の一日も早い復旧復興を、心よりお祈り申し上げます。
青年会西海分会副委員長 花田善太郎
天理教青年会は、天理教を信仰する青年を結集し「あらきとうりよう」としての活動を促進することを目的に作られました。私たち会員は「陽気ぐらし」世界の実現を目指して、さまざまな活動を行っております。現在は「神一条の信仰錬磨と布教実動の推進」という基本方針のもと、会員一人ひとりが教理を実践して、確かな信仰信念を培うことに重点をおいています。
私たちには、若さという特権があります。勢いと情熱をもって布教活動を推し進めて行くことが出来るのだと思います。そして、それは今しか出来ないことであり、積極的に取り組んでおります。
私は、基本方針の「信仰錬磨と布教実動の推進」について考えてみました。「布教実動の推進」ということの具体的な表れは、9月4日(日)から11日(日)までの8日間実施する全分会布教推進週間での実動ではないかと思います。全分会と名の付く通り、西海分会63カ所の分会委員長が挙って、それぞれの地で布教に精一杯の努力をすることが大切ではないかと思います。加えてもう一つの基本方針「信仰錬磨」では、西海分会に限って言えば、十月一日より入隊を予定している「おやさとふしん青年会ひのきしん隊」への参加だと思います。一人でも多くの会員が、ぢばへ伏せ込み、寝食を共にして過ごすひのきしん隊は、青年会にとって大切な、そして修練の場として欠かすことの出来ないものであります。
今年は東日本大震災という大きな節をお見せ頂きました。この未曾有の大災害を見聞きし、西海分会として「今、僕らに何が出来るだろう?」と練り合いを重ねました。そして被災地での災害救援ひのきしんと義援金の募集という二つの結論を導き出しました。そんな折、ありがたくも大教会長様の親心により、被災地宮城での災害救援ひのきしんが実現したのです。一人ひとりの力は小さいかもしれませんが、西海分会として一手一つに活動していく中に、親神様・教祖にお喜びいただき、復興、更には陽気ぐらしに近づく道があるのだと思います。
実際に現地に赴いてみると、五感に伝わるものがありました。瓦礫の撤去や泥出し作業をしながら思ったのは、私たちはこの節を通して、日々の通り方や信仰の在り方を見つめ直さなければいけないし、そのきっかけをお与えいただいたように思います。 震災への支援活動を続けて行く中にその活動を通して、今回の節に込められた『をや』の想いを感じ、教祖に心を繋ぎ、御教えを伝え広め、自らの信仰心を養い育てる場とさせていただきたいと思います。私たちの成人が明日へと繋がり、そして大教会創立百二十周年に繋がって行くのだと思いますし、その姿を親神様、教祖に御覧いただきたいと思います。是非とも多くの会員に青年会活動にご参加願います。
これからも青年会活動の上に変わらぬお心寄せ、お力添えの程よろしくお願いいたします。
●別席団参に向けて (3)
布教部では11月の別席団参に一人でも多くの別席者を御守護頂こうと会報に記事を毎月掲載致します。是非、お互いの信仰心を奮い立たせ、勇み心をもって、にをいがけ・おたすけに励げみましょう。
◎節が育んだ感謝の心 布教部長 永嶌洋三郎
私が横浜で自動車部品工場を興した頃のことです。母から一通の手紙が届きました。「人生は順風満帆な時ばかりではなく、辛いことや苦しいことが必ずあるはずです。そんな時は近くの教会を訪ねて、足しげくお参りして下さい。」というものでした。
当時、仕事は順調で、私はただひたすらに努力を重ねれば、うまくいくと思っていました。そんな四年目のある日、大きな節をお与え頂きました。納品のため部品を山ほど積んだトラックが車三台を巻き込む横転事故を起こしたのです。運の悪いことに従業員は酒を飲んで運転していました。頭を抱えている時、ふと母の手紙を思い出しました。その言葉に命運を掛け、西海部内の空丸分教会を訪ねました。
突然の来客に藤田雄士会長夫妻は丁寧に聞いて下さり、「この度の事故はまさしく手引きである。これから神様の話を聞き分けたなら、必ず事情は治ってゆくから、先ずはしっかり神様とのパイプラインを作らせて頂くんだね」とお言葉下さり、日参を心に定めました。そして「教会への御恩報じはどうしているかね」と尋ねられたので「先ず工場の家賃、従業員の給料、工具代、油代、電気、水道代、飲み代?等の必要経費すべてを払って、残った分を母に送っています」と答えました。先生は細い目を丸くして「それで今までよくやって来られたね。それじゃ神様に残り物をお供えしているのと同じじゃないか。来月からは真実のお供えをさせて頂きなさい」と。「どの位させて頂いたらよろしいですか」と尋ねると、今度は喜久奥様が「痛いなぁと思う位が御恩報じですよ」と教えて下さいました。
教えて頂いた通りに素直につとめ、そのお陰で物事に対する価値観の順序がわかる様になりました。お尽くしは借りてでも実行しましたが、横浜から東京の杉並までの日参はたやすいことではなく、何度も心定めしたことを後悔しました。
朝早く起き従業員の食事を準備して、教会の朝づとめに間に合うように行くことも大変でしたが、帰りに必ず渋滞に巻き込まれ、会社の始業に間に合わないのが困りました。そこで私は「昼眠くてしょうがないので日参を休ませてほしい」と奥様に相談しました。奥様は「素晴らしいですね。教会でおぢばの理を頂いて皆のために働き、しかも眠いということは[根入る]と言って心根・性根が根張りしているのだから勇んで頑張りましょう」と仰いました。ならばと「仕事の始業時間に間に合わないので皆にお詫びばかりしています」と言うと「この道は心澄ますことが目的だから『すみません』といって通ったら、心澄んだ理にお受け取り下さいますよ。しっかりお詫びして通りましょう」と諭され、私の泣き言はすべて聞いて貰えませんでした。
私は当時二十七歳、風まかせの帆船に正しく方向を示す羅針盤を備えて頂いたように思います。思い返せばこれまでに親、師、友など多くの方々に支えて頂き、導かれ、助けられ、励まされて来れました。そしてそのお陰で今日がある事を思えばどれほど感謝し御恩報じしても済む事ではないと思います。母が真実を教会、上級に差し上げる時に「すみまっせん」といって懸命につとめを果たしていた事が今よく分かります。
西海に繋がるようぼくすべてが布教師と自負するこの私ですが、どうか皆様、共々に百二十周年に向けて自らの目標を達成すべく努力致しましょう。
●立教174年こどもおぢばがえり
本年のこどもおぢばがえりも8月4日(木)10日間の日程を無事終了しました。西海団の各隊からも大勢ご参加を頂きましたが、その中に「さいかい鼓笛隊」が5年ぶりの金賞を受賞出来たことは大きな喜びでした。また今年は被災地の方々へ応援メッセージを子ども達に書いて貰い、宮城教務支庁へ贈らせて頂くことになっております。
暑い中引率下さった先生方、ひのきしんや留守番役を担って頂いた先生方、誠にありがとうございました。お疲れ様でした。
★小学4年生 黒岩美鈴ちゃん★
一番たのしかったのは、夜おそくまで友だちと話をしたことです。
急にアチコチランドでたおれたから、昼ごはんのカレーライスが食べられなかったことがちょっとざんねんでした。でも、きゅうごしつにみんながきてくれて元気になりました。行けなかったアトラクションのことを話してくれました。うれしかったです。
先生たちもおもしろかったし美人でした。本当におぢばがえりに来てよかったです
★小学5年生 八木 遥ちゃん★
私はおぢばがえりは初めてだけど、他の人たちがいろいろ教えてくれて、楽しい思い出ができてよかったです。とくにパレードがすごいと思いました。花火があがったり、大きい乗り物が通ったり、鼓笛隊の人たちが、迫力のある演奏をしてくれて感動しました。
あと被災地の人たちのビデオを見て、今私たちの生きるありがたみを感じました。その後メッセージを12班の人たちと、思ったままに「がんばれ」「心配ないよ」とかの、良い言葉を書けたと思うのでよかったです。
ここに来ていろんな思い出ができてよかったです。
★中学1年生 鍋山晴信くん★
今年のこどもおぢばがえりはとっても楽しいことや、嬉しいことばかりでした。
おぢばがえりのオンパレードで、ずっと銀賞だったけど、久しぶりに金賞がとれたので、ほとんどが号泣でした。来年も金賞をとりたいです。少年ひのきしん隊
から、こどもおぢばがえりに来てとってもきつかったけど、とても楽しかったし、朝起きるのが早いけど楽しかったです。僕は少年ひのきしん隊で練習が全然できなかったけど、オンパレードで一生懸命できたし、精一杯できたのでよかったです。とても楽しいおぢばがえりでした。
●学生生徒修養会〜高校の部〜
夏真っ盛りのおぢばで期待と不安の入り混じる中、親神様よりお導き頂いた学生13名が 学生生徒修養会(9日〜15日)を受講させて頂きました。
おもいきり学修を満喫した学生、最後まで馴染めなかった学生、それぞれが感じた事は同じではありません。しかし様々なプログラムや一週間共に過ごした仲間達、親身になって接してくれたスタッフとの想い出は、心の栄養となり、将来の財産となることでしょう。来年はさらに多くの学生をおぢばに連れて帰り、本年以上に親神様にお喜び頂けるようつとめさせて頂きます。ありがとうございました。
○高松紗都聖 1年1回生(理明)
学んだことは、おぢばというこの場所は、人間が宿し込まれたということと、おぢばがえりという名前がついた理由は、人間のふるさとであり、親がいる場所へ帰るという意味があるということです。親神様が人間をつくった理由は、陽気ぐらしをしてもらうためということが、今回の学修で学び心に残りました。1週間で大切な仲間ができ、別れがとてもつらくて何度も泣いてしまったけど、また神様がこの仲間たちと引き寄せてくださることを信じて、新たな出会いなどに感謝をしていきたいと思いました。1週間という短い間だったけど、最高の1週間を送ることができました。
○松原昂平 1年1回生(本山町)
初めて学修に参加しました。最初は友達ができるか不安だったけど、みんな心優しい人ばかりだったので、友達をたくさんつくることができました。そして毎日楽しく過ごせました。レクチャーでも、女子とふれあいながら色々なことを学ぶことができました。この学修で学んだことは、新しい仲間との協力、一つ一つのことに感謝の気持ちを持つことです。この学修で学んだことを活かして、これから生活していこうと思いました。
○上野喜生 1年1回生(理宝陽)
おつとめがこの1週間で大体分かったので良かったー。おさづけを取り次いでいただいたら、けがの治りが早くなったと思う。また来年行きてー!! 天理教を馬鹿にしてたけど、これから勉強していきます!!!
○三角有紀菜 2年1回生(中九州)
私は、天理教に関しての行事は初めてで不安なことがたくさんありました。でも予想とは違い、みんな気軽に話しかけてくれたり、スタッフさんはとても優しくて、毎日楽しい1週間を過ごせました。神様のこととか何も知らなくて、一人だけ授業置いていかれるかなぁと思っていたけど、分かりやすい授業で、みんなと同じペースでいろんなことを知れたような気がします。おつとめも最初は全然分からなくて、いろんな人を見てキョロキョロしながらおつとめをしていたけど、今では完ぺきじゃないけど大体は覚えられました。とても充実した1週間でした。この1週間でいろんな面で成長できたかなぁと思います。
○鈴木悠希 2年1回生(空丸)
学修1日目は、最初は早く家に帰りたかったし、チームエクササイズとかですごく疲れて嫌だったけど、2日目の夜の寮別行事で「パイレーツ・オブ・15母屋」というのをやって、すごく班のみんなが団結して、それからは毎日が楽しかったです。レクチャーの勉強では、あんまり知らなかった天理教のことを少しだけど知ることができました。カウンセラーのあきちゃんも、ずーっと私たちのことを考えてくれていて、すごく感動しました。学修は、夏休み一番の思い出になりました。
○河上弘樹 2年1回生(本山町)
学修に行くと決めた時は、期待半分、不安半分、どころか、期待2割、不安8割でした。自分は人見知りかつ積極的ではないので、友人ができるかどうか不安でした。しかし、同じ班のみんなはフレンドリーに接してくれたので、何とか生き残れました。ありがてぇありがてぇ。助け合いは大事ですね。今回の学修では、本当にそう思いました。とりあえず、同じ班のみんなに感謝!!
○黒岩 楓 2年2回生(寶坂)
私は無事に1週間通らせてもらえましたが、最終日に班の友だちが身上を頂いて、1週間無事に通らせてもらえたことがとてもありがたいなぁと思いました。今まで当たり前に思ってたことが、友だちの身上を通して当たり前じゃないということを教えていただきました。目で物を見分けさせてもらうこと、耳で理を聞き分けさせてもらうことなど、この2回目の学修で色々学びました。また来年もぜひ参加させていただきたいです。3回生めざす!!
○濱地 調 3年3回生(茶山)
3度目の学修で、お道について深く考えることができました。「おぢばっていいなぁ」と、改めて学修のすばらしさを思い知らされました。3年間の中でも特に思い出に残っているのは、神名流しと感話大会です。神名流しでは、奈良市の商店街を「よろづよ八首」を歌いながら歩かせていただきました。クラス全員が一つになり、終わった後のお水がすごくおいしかったです。感話大会では、同じ仲間が普段見せない一面を見せてくれて、すごく勉強になりました。学修は、私の高校生活の一番の思い出です。本当にありがとうございました。
●『余談ですけど…』其の六拾
▼「人志松本のすべらない話」というテレビ番組をご存知だろうか。お笑い芸人、ダウンタウンの松本人志率いるお笑い芸人軍団が、爆笑必至の痛快エピソードを披露する。単純明快な番組構成と、笑いにこだわり抜いた芸人たちの話芸がウケて、7年目にして伝説的なお笑い番組となっている
▼芸人が披露するエピソードには、奇跡といえるような体験談もあるが、私が好きなのは、日常どこにでもありそうな、一度は誰でも経験したようなことを、発想豊かな観点で爆笑の笑い話に変えてしまうところである。人を笑わすために命を燃やすお笑い芸人は、凡人とは目の付け所が違う
▼目の付け所が違うといえば、先人・先輩からしばしば聞いた柏木庫治先生(東中央大教会初代会長)の話が思い浮かぶ。本部神殿の東側にあった鏡池に落ちた母子に「教祖のひながたを辿った。なんと素晴らしい」と言って励まされた話や、かんろだいが倒されるという問題が起こった時、唯一陽気で明るい意見を言って当時の真柱様を喜ばされた話などである(うろ覚えなので、間違えていたらすいません)。先生の話は、聞き手の心も陽気にする
▼目の付け所が違うということで結び付けてみたが、共通する点は、両者とも見聞きする者の気持ちを明るくする点であろう。前者は笑い話で、後者は信仰者としてのさとりで、相手を笑顔にする
▼最近、暗い話題が少し多いように思う。朝づとめの後、信者さん方とお茶を頂きつつお話をする。病気でどこどこが悪いという身近な話から、最近の天変地異は異常すぎる、経済はどうなるのだろうなど様々で、取り留めのない漠然と不安をあおぐ話が多い
▼心だすけは勇んだ気持ちからと教えていただく。曇天の中も一すじの光が差し込み、心に陽気を与えてくれる。信仰者とはかくあるべきなのだろう。陽気ぐらしに近づく「目の付け所」身に付けたいものだ。